あきた芸術劇場ミルハスで来年1月12日に上演されるKバレエ・オプト新作『踊る。遠野物語』。演出・振付・構成を手掛ける舞踊家・森山開次さん(51)が7月上旬、岩手県遠野市を訪れた。3日間の滞在中、さまざまな伝承が残る市内の名勝を巡り歩いたほか、毎日地元のしし踊り保存会を訪ねて踊りを習った。森山さんの遠野旅に同行し、現地で話を聞いた。
日本民俗学の祖・柳田国男が遠野地方の伝承を聞き書きした「遠野物語」が今作の題材だ。作品の構想を練るため初めて遠野を訪れたのが1年前で、今回が2回目の遠野視察。森山さんは「本を読むだけでなく、遠野の地で体が感じたことを作品づくりに生かしたい」と語る。
天明3(1765)年、度重なる凶作による餓死者を鎮魂するため、大慈寺19代義山和尚は大小五百の自然石に阿羅漢像を彫ったとされる。
同市綾織町の「五百羅漢」と称されるその場所を訪れた森山さん。苔むした地面を一歩ずつ踏みしめるように歩き、時折そっと石に顔を寄せたり、寝転んでみたりした。最後には、全身でその場の空気を感じるように軽やかに舞った。「幸せな体験ができた。冷たい、痛い、気持ちいいなど、この場所で得た記憶を舞台の上に持っていけたらいい」
続いて、車で10分ほど移動。木々が茂る林道を15分ほど登り、三つの巨石で構成される「続石」にたどり着いた。二つ並んだ石の片方のみに、幅7㍍、奥行き5㍍、厚さ2㍍ほどの石がのっている。森山さんは続石の傍らに座って遠野物語の本を読んだり、鳥の声に耳をすませたりして少しの間自然に身を任せた。
奇跡的なバランスでそこに存在し続ける続石。『踊る。遠野物語』では、続石をイメージした舞台セットを配置する予定という。
遠野には独自の伝統芸能「遠野しし踊り」が継承されている。このしし踊りの動きを教わることが森山さんの旅の主目的でもあった。『踊る。遠野物語』のラストを飾る踊りとして、オリジナルのしし踊りを見せようと考えているからだ。
板澤しし踊り保存会のメンバーから手ほどきを受けた森山さん。上下に大きく動いたり、手に持った幕をあおって動いたりと、さまざまな動きのポイントが伝授された。最後には、カンナガラと呼ばれるたてがみを付けた「しし頭」を被って踊った。
3日間のしし踊り特訓を終えた森山さんは「しし踊りの全部を取り込めたわけではないけれど、踊り手の思いは自分なりに全部受け止めたつもりでいる」と充実感をにじませた。オリジナルしし踊りの振付については「エネルギーの流れを大切にしたい。大地を踏みしめて、エネルギーをすくい上げて、真ん中に集めて循環させていくようなイメージ」と話す。「板澤の皆さんに教わったことをベースにして、自分なりの新しいしし踊りの動きを見つけていきたい」
遠野滞在中、地元の地域史研究家らに会って話を聞く機会もあった。しし踊りが遠野の人々にとってどんな意味を持ち、どのように受け継がれてきたのかについても話が及んだ。森山さんは「話をする中で、いろいろなものと出会ってつながることができるのが踊りなのだと腑に落ちた。見えざる世界とのつながりを信じて踊る、呪術みたいな面もあると思う。そんな踊りの力を感じてもらえるようなダンスを届けたい」と話した。
◆森山開次(もりやま・かいじ)さん◆
21歳で踊りを始め、自ら演出・振付・出演するダンス作品を数々発表。ニューヨークタイムズに絶賛されたソロダンス作品「KATANA」をはじめ、空海の思想を作品化した「曼荼羅の宇宙」、宮沢賢治の詩を題材にした「雨ニモマケズ」など、日本を独自の美学で表現した作品で人々を魅了。東京2020パラリンピック開会式では演出・チーフ振付を担当。